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弁護士潜水艦のひとりごと
暇つぶしでございます

えらそうに論文について書けるのも今日までなので
最後に今年の民法(H18)一問目の答案をUPします。
見た瞬間簡単すぎるだろうなんて思ったんですが、構成中に前後を間違えてたり、法的構成って何が法的構成なの?とかいろいろ混乱してしまい本試験民法の恐怖を凄く感じた問題であります。
個人的には今年の本試験の問題で最も教育的でいい問題であると思っています。
「動産」「詐欺」っていうちょー基本問題でありながら、民法の態度を知れる問題であると思っています。

結構おもしろ答案であると思いますので参考に。










一     小問1
1  AはAB間における売買契約を取り消している(96条1項)。よって取り消しの遡及効によて契約の効力は無効となり(121条)Bは無権利者となることからCは絵画所有権を取得できないのが原則である。
 この点、Cが96条3項の「第三者」にあたるならば保護されることになりうるが、かかる規定は取り消しの遡及効を制限して取引の安全を図るものであることからして「第三者」とは取り消し前に利害関係を有するにいたった者を指すものと解される。
 本件CにおいてはAによる取り消し後に現れたものであり同条の「第三者」には該当しない。
 もっとも本件CはBの有する現実に占有を信頼した上で取引に入った可能性があり一切保護が及ばないとするならば取引の安全を著しく害し妥当ではない。
 そこでC保護のための法律構成が明らかでなく問題となる。
2  まず第一にありうる見解としては取り消しの遡及効を徹底し、Cのような「第三者」の保護は192条による即時取得の要件を満たす場合にのみ認められるとの見解が考えられる。
 かかる見解によれば、CがBの無権利について善意無過失である限りCが所有権を取得できることになる。
 一方で本件のような動産取引においても取り消しによって復帰的物件変動があったものとして178条による対抗要件の先後によってACの優劣を決するとの見解もありうる。
かかる見解によると本件においては、Cが先に絵画の引渡しを受けている以上Cがいわゆる背信的悪意者でない限りCが優先することになり絵画所有権の取得をAに対して主張することができる。
3 ここでAは取消しを既になした者であり占有を回復しうる立場にあったことを重視すると後者の見解を採用すべきという方向になろう。
しかし、不動産取引において復帰的物権変動なる概念を持ち出したのは不動産が高価値であり、かつ登記という安定した公示方法が存在することからより取引の安全を保護する要請が強いと考えられたからである。
この点、動産取引においては「登記」のような公示方法が存在せず、占有という不完全な公示方法しか存在しない。また動産においては処分が容易であり占有を回復することが困難な場合も多いものと考えられ、不完全な公示方法しかないが故に真の権利者保護の必要性も高いのである。
そして法もまたかかる事情を考慮して動産取引にはあえて192条を用意し、真の権利者の静的安全と第三者の動的安全の調整を図っているものと考えられる。
とすれば安易に取り消しの遡及効を制限するような解釈をとることは妥当ではないものと考えられる。
よって、本件においてもACの優劣は前者の見解により判断すべきであり、原則としてAが絵画所有権を有しCがBの無権利について善意無過失である場合に限ってCが絵画所有権を取得しうるものと考えるのが妥当である。

二    小問1(2)
1  Cが保護されない場合、Bは他人物売主としての担保責任を負う(561条)。よってCは契約を解除でき、また損害賠償請求をなすことができる。
2 他方でBは他人物売主としてCに対して権利移転義務を負うものである(560条)。
そして本件Bは詐欺により権利移転を不可能にしており、自己の帰責性によって履行不能に陥らせたものと評価できる。
よってCはBに対して債務不履行に基づく損害賠償請求(415条)をなし得、また541条により解除もなしうる。
このようにCはBの無権利について善意無過失であれば絵画所有権を取得できる一方で、過失が認められる場合であってもBに対して契約責任を追及することによって保護されることになり不当な結論には至らないのである。またこのような結論は紛争の限定という観点からも妥当である。すなわちそもそも責任を負うべきは詐欺を行ったBであることからすればこのようにBに対して責任追及をなすのが原則となるべきなのである。
三   小問2
1  本問においても取り消しの遡及効によって遡ってBは無権利者となる。よって、Cは権利を取得できないのが原則である。
 もっとも本件CはAによる取り消し前に絵画について利害関係を有するに至った者であり、96条3項の「第三者」として保護されうる。
 この点かかる第三者として保護されるには対抗要件の具備までは求められない。というのも取消権者と第三者は前主後主の関係にあり対抗関係に立たないからである。
 また善意とは重過失ある者を含まないものと考える。というのも詐欺されたものは保護の必要性が高く、一方で重過失ある者は保護の必要性が低いからである。
 よって本件でもCが詐欺の事実に善意無重過失であれば保護され、有効に所有権を取得することができる。
2  一方で本件でも動産取引であることに鑑み192条の類推適用によってCを保護するとの見解もありうる。
 確かにCがBと取引した時点ではBは権利者であったことからすれば192条の適用は否定されるとも思える。
 しかし取り消しの前か後かは偶然的事情に過ぎないともいうことができ、かかる事情によって第三者の保護に差をつけるのは不当であるものといいうる。よって取り消し前のものも192条によって保護されうるものと考える。なお、かかる場合善意の対象は詐欺の事実の有無になる。よって本件Cも詐欺の事実について善意無重過失ならば所有権を取得できる。
3 この点、前述のように取消し後にCが取引に入った場合においてはCの保護は192条によることとの均衡、及び取消しの前か後かは偶然的事情にすぎないという点からすると本問の場合においてもCの保護は192条の要件の具備を求めるべきとも思える。
しかし、取消し前においてはCが取引に入る段階ではBは一応有効に権利を有している者であり取消し後の場合よりも第三者の取引の安全を保護すべき要請が強い。とすれば第三者たるCの保護において「無過失」まで要するとするのは妥当ではない。
また取消し前の第三者との関係は96条3項に明文で定められていることからしても、かかる構成によることが妥当であるものといいうる。
よって前者の見解が妥当であり、Cが善意無重過失である場合に限りCが絵画所有権を取得できる。なお、96条3項の第三者保護要件について明文上「無重過失」は求められていない。
しかし前述のように取消しの前か後かは偶然的な事情にすぎないことからすると取消し前であることをもって第三者保護を「善意」で足りるとするのは取消し後の場合との均衡を欠く。よって「無重過失」を要すると解するのが妥当である。

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論文合格に向けて②
最近の論文試験は解答にとって意味のない事情が増えたなんて噂を聞いたりします。
しかし、僕は全くそんな風には思いません。
今年の問題で無意味な事情なんてあったでしょうか?
僕的にはなかったように思います。

次に「守りの答案」でも十分に受かるなんて聞きます。
でも「守りの答案」ってなんでしょうか?
僕は「守りの答案」とは問題点に対する論述が少し薄い答案を指していると考えています。
ここでよく勘違いをしている人を見かけます。
とりあえず守ろうと思って、その事情はスルーして他の部分を厚く書いたなどと・・。

確かに本試験は「嘘」を書くと大減点されるから、わからないことはスルーしたほうが良いなどという噂もあったりします。

しかし、僕はそんなことは全くないと思っています。
僕は去年も今年も「嘘」を書きまくりました。
確かに基本事項について「嘘」を書くのは大減点になるんでしょう。
しかし、受験生レベルではほとんどの人がわからないであろう事情については「嘘」を書いても全く問題にならないのではないかと思っています。
むしろ答案を見ていると明らかに問題になりそうな事情があるにもかかわらず、その事情に立ち向かわずに逃げた答案の評価は軒並み低いものとなっているような気がします。
よく考えてみてください。
世の中には、まだ判例上問題として取り上げられていない事情がいくらでもあります。
にもかかわらず実務家になったとき、それがわからないからといって問題として触れないなんてことは絶対にできないのです。
つまり知らない問題点について、立ち向かうことすらできないも者は新規の問題を解決する能力に欠けていると判断されかねないのです。

ということで、問題文にある事情については絶対に逃げないで答案上立ち向かってください。
理由がわからない場合でも結論だけとか、一言だけでも触れてください。

僕は「嘘」もいっぱい書いてるし、文章も下手なので他の再現答案とか見てると皆さん凄い勉強しておられて絶対かなわないなあとほとんどの場合に思います。
しかし、蓋を開けてみると僕のが評価が良かったりすることが多いのです。
で、それは何故なんだろうと頭を悩ませました。
論文は「運」のみなんじゃないかとも思いました。
しかし2年続けて比較的マトモな評価が得られ、そこから振り返ってみてこの結論に至りました。

毎回、結構かけたつもりだったのに低評価が多いような方、どうでしょうか?しっかり立ち向かっていますか?



論文合格に向けて思うこと①
まず過去問をしっかりやりましょう。
しかも毎回しっかり考えましょう。
記憶に頼って思い出すのではなく、毎回その場で考えるのです。
2回目、3回目くらいから本当に面白い試験委員からのメッセージが見えてきます。
本試験の問題は教育的なものが多く、非常に勉強になります。
しかも昭和38年くらいからやると全分野に渡って網羅されているので穴をなくすことができます
あと小問形式の問題は何故こんなことを聞いているのか?という点を意識してみましょう。
思いもよらないことに気づいたりしますので。
この何故小問2、3があるのか?なんでこんなことを聞くのかといことを日ごろから意識してると、「跳ねる答案」の姿が見えてくると思います。
例としては昭和62年民訴2問目。

相殺に関する次の事項について論ぜよ。
1 被告が弁済の抗弁と相殺の抗弁の双方を主張しているときの審理及  び判断の順序
2 相殺の抗弁により請求棄却判決を得た被告が控訴することの適否

3 請求認容判決を受けた被告が判決確定後に相殺権を行使して履行を  拒絶することの可否


という問題。
一見すると予備校でも普通に出そうな相殺について単純な問題とも思える。
みんな同じようにソコソコ書ける問題だと思う。
ではどこで差がつくのか?
試験委員は暗記してるだけの人は欲していない。
この問題は単純故に考えてる人と暗記しているだけの人の差がくっきりと出る問題だと思います。
まず小問1は普通に被告の意思の尊重という点から弁済の抗弁から判断するべきと書くと思う。
そして小問2でも形式的不服説から流して、相殺の実質的敗訴という点を重視して控訴を認めるというように論じることになる。
で小問3は?
小問3でも多くの方が相殺の主張を認めるという結論をとることでしょう。
でその理由づけとしては遮断効が及ばないのは権利行使の機会に欠け、十分な手続き保障が認められないとかをさらっと書いたりするでしょう。
この点、問題文をしっかり読んで考えてない人は普通にソレを書いて終わりにしてしまいます。
しかし、小問3の意味をしっかり考えている人はここで立ち止まります。
あれ?小問1では相殺の抗弁は予備的に判断されるにすぎないということは、被告としては相殺の抗弁を提出していても特段の不利益はなく、相殺の抗弁を提出する機会があったと言えるんじゃないか?
また小問2では相殺が認められた場合であっても控訴まで認めて相殺について争う機会があるんだとすれば、ますます相殺について主張する機会が十分に認められていたと言えるんじゃないかと。

コレに気づくと小問が全て繋がり、より考えた相殺の抗弁についての答案が書けるというわけなのです。


過去問には本当に面白い問題がたくさんあります。
考えることを勉強する最高の道具であると思います。
勉強に飽きてきちゃった人とか、もう一度自分で考えて過去問を解いてみてください。
修正不可能 憲法1問目
口述が終わったらぐっすり眠れるんじゃないか?なんて思ってたのに
今までのどの試験の後よりも全く眠れない。
論文の後もああすりゃ良かったとかこう書きゃ良かったとか何であんなことを書いたんだ?とか後悔しまくりだったけど、口述後の不安は別格入ってる。
会話であることから、自分の駄目さがダイレクトに記憶されている。
未だに口調の厳しい突っ込みに動揺して、同じことを永遠に繰り返している自分がいる。

正直、僕があたった主査たちは厳しい人が多かった。
皆さんの再現を聞いていると、それで質問終わり? ずりーよー?
もう一歩突っ込み無いのかよー?とうらやましく思ってしまう。

たとえば民法などでは普通に手付け解除について現実の提供の要件まで答えた。
その後、その理由を聞かれ、手付けを既に現実に支払っている買主との公平の観点からというようによくある理由を述べた。
で、再現みてるとここで次の質問に移っている人が多い。
しかし僕にはここから地獄が始まった。
当事者の公平?
当事者の公平を図るなら供託させた方がいいんじゃないの?
買主が受領をあらかじめ拒んでいるような場合、公平の観点からすれば口頭の提供で良いんじゃないの?
判例はなんて言ってる?
なぜ現実の提供を要するとしているの?

僕はみごとに答えられなかった。
今考えると実に簡単な問題にすぎないのだけれども、現場では思考が停止してしまった。
この後のやりとりは覚えていない。

民訴まで終わったとき、民法の先生が「明日も頑張ってくださいねー」とにこやかに言ってくださったのだけが鮮明に記憶に残っている。

本当に口述試験も「運」要素が大きいと思います。
どんな問題でどんな主査だったか、
僕が他の問題で違う主査であったらもっとマトモだったかというと疑問ですが・・・


ということで、今日の再現はどれにしようかなー?と。
はっきり言って、もうどれもヤバイ、へんなこと書きまくりなんで恥ずかしいんですが、苦手の憲法の人権でもUPしようかと思います。
この問題は、現場では結構迷いました。
また営業の自由?とも思いました。損失補償も書くの?とかも。
あと誰の人権が対象?とかかなり混乱させる問題でした。
僕は憲法特に人権が苦手でしたので、本試験ではC評価くらいが取れればよいと初めから目標を低く定めていました。
あといろんな人権が問題になりそうな場合でも、一番重要な、最も問題になりそうな人権についてのみ厚くしっかりと書こうと決めていました。
で、何を書くか?
僕は迷わず放送事業者の「広告放送の自由」に決めました。
確かに、広告主の表現の自由なども問題にはなり得ますが、広告主は放送事業者と契約をなすことが前提であり、なんといいましょうか、そもそも放送事業者に拒否られたらCMを流すのは無理なのであり、あくまで法律による規制の影響は間接的に生じるにすぎないと考えたからです。
さらに人権の主体を放送事業者とすると、CM内容が全く問題にならないと考えました。
というのも、内容が政治的なものであるにせよ放送事業者にとってはすべて資金を得るためのCM放送にすぎないからです。
ここで内容に着目するなら、そもそもの人権の主体を広告主で構成しなければならないと思います。
あと本問で迷わせる事情として減収があります。
僕的には、現実に生じていない損害について書くのは変かなーとか、スペースないしなーとか、当てはめで使えるから書かないでもいいかーとか思って書きませんでした。
でもここは点があったようです。
確かに問題文が「問題点を論ぜよ」みたいな書き方になってることからすれば損害が現実化してるか否かは関係ないし、問題となりうるのはあきらかですしね。
結局、人権は重要な部分を厚くかいてもいいし、細かくいろんな事情をかき集めてもA評価は取れるってことなんでしょう。

ぼくの答案は規範定立部分で論理矛盾というか、おかしなことを書いています、
ただ規範を緩める方向という視点があることだけは確かなので、許してくれたかみおとされたのでしょう。
この問題は「放送の自由」とすれば内容規制にあたりますが、「広告放送の自由」というように限定的に捕らえると内容中立規制になります。
今まで両者の差が良くわからなかったのですが、非常に勉強になる問題でした。
現場ではもう少し当てはめが充実していたのですが、思い出せないので少し少なくなっております。
当てはめのコツは当たり前のことですが、事実をしっかり評価することです。
よく「合理的関連性がある」とかなんの理由もなしに書いている予備校答案を見ますが、理由がないのは何も書いていないのと一緒だと思います。優秀答案とかでもヤバイくせにそれらしいから載っちゃってるのが大量にあるので気をつけてください。
ちなみに僕が主席の人権はヤバイんじゃないかと思ったのは、あてはめにおける手段審査に理由が全く無かったからです。
しかし本試験では評価されているので、もしかしたら僕の意見は全く間違っている可能性があるので鵜呑みにはしないでください。
ただ僕が去年思ったのは、自分の見解を支える理由をしっかり書いていれば間違った内容を書いてもGにはならないということです。
去年も今年も僕より一見しっかり書けていると思われる答案の評価が低いのは、きっと理由がかかれていないからなのだと僕は確信しています。

ということで、結構めちゃくちゃな答案ですが、参考程度にUPしておきます。

とその前に、僕は試験中誰のどんな人権が問題になるか迷ったと書きましたよね?
自分が迷ったということはみんな迷う問題なのです。
ということは迷った部分は「問題」となるということなんです。
そこはいろんな意見が出てきそうだからこそ、しっかり書くべきだと僕は考えました。
この問題だと人権の認定についてスペースを割いたということです。
あと今の時代、問題となる人権によって結論が決まってしまうなんて言われていることからしても人権を確定するところはしっかりかくべきだと思います。




憲法1問目




一 1 本問法律は放送事業者の広告放送の自由を制限するもの
    であるが許されるであろうか。
     この点、法人であっても社会的実体があり社会の重要な構
    成要素であると言えることから性質上可能な限り人権共有主
    体性が認められるものと解される。
     ここで広告放送の自由については明文が存在しない。
    もっとも、「放送」の自由は編集という知的作業を含む点で表
    現行為たる側面を有するし、また国民の知る権利(21条1項)
    の充足に資するてんからも21条1項の保障の下にあるものと
    解される。
  2  一方で「広告」という面に着目すると経済的自由的な側面、す
    ばわち職業選択の自由(22条1項)の保障の不可欠の前提と
    して認められる営業の自由の保障の下にあるにすぎないとも考
    えられる。
     しかし、広告においても表現行為たる側面を有していることか
    らすると、純然たる表現行為との区別が困難である場合があり
    得ることからして、表現行為への保証が低下されることになりか
    ねず妥当ではない。
  3  従って広告放送の自由も21条1項の保障の下にあるものと解
    するのが妥当である。
     そして放送事業者においてもかかる自由を認めることは性質上
    可能であることからしてその保障は及ぶものと解される。
二 1  最もこのゆな表現の自由においても他者の人権保障との矛盾
    調整を図る必要から「公共の福祉」(12条、13条後段)による制
    限にかかることになる。
     そこでかかる制限の合憲性判定基準が明らかでなく問題となる。
  2  この点、表現の自由は自己実現、自己統治の価値を端的に現
    せる権利であり最大限の尊重が図られるべきである。
     またかかる権利の性質上不当な制限が課せられると民主政の
    過程では回復が不可能になりかねないことからして積極的な権利
    救済の必要がある。
     さらに経済的自由の制約とは異なり判断資料の収集能力も裁判
    所に十分認めることができる。
     よって表現の自由への制限の合憲性は経済的自由権の制約の
    場合と比して厳格な基準によって判断すべきものと解する。
   3  もっとも本件におけるような放送事業者の「広告」規制については
    「広告」か否かは客観的に明確に区別できることからして表現規制
    固有の権力の濫用の危険は低い。
     そこで規制の合憲性は一段階緩和すべきでありいわゆるLRAの
    基準、すなわち目的が必要不可欠であり、手段がより制限的でない
    選びうる手段が他にない場合においてのみ合憲とする基準を採用す
    べきものと解する。
三 1  本件についてみるに立法目的は「多様で質の高い放送番組への
    視聴者のアクセス」を確保する点にある。
     かかる目的は前述のように放送の自由の保障が国民の知る権利
    の保障に資するという点に根拠があることからすると、まさに本目的
    は国民の知る権利充足を意図したものであり必要不可欠の目的であ
    ると言いうる。
   2  他方で手段としては「午後6時から同11時」までの放送における
    広告放送を一時間に五分以内に制限するというものであり、また違反
    者に対して放送免許取り消し処分を課すというものである。
     この点確かに広告放送を「一時間に五分以内」に制限するならば多
    くの時間を番組放送に費やすことが可能となり上記目的に資するとも
    考えられなくはない。
     また制限を課す時間帯も「午後6時から同11時」までの間に限定さ
    れており、かかる時間帯がいわゆるゴールデンタイムとして最も多くの
    視聴者、聴衆者が存在することからしても、上記目的のために制限的
    で、かつ効果的な規制であるとも思える。
     しかし放送事業を経営維持していくには多額の資金が不可欠であり
    広告収入を得ることが必要不可欠である。
     ここでかかる時間帯の広告を制限するならば平均で数十億円の収入
    が減少する点で放送事業の継続を困難にしかねない。
     しかも番組制作には多額の費用が不可欠であることからすると、十分
    なし金の投入が困難となる結果、むしろ放送番組の質の低下をもたらし
    かねない。
     とするならば本件規制はかえって「多様で室の高い番組への視聴者の
    アクセス」を阻害するものと評価でき、立法目的との間に合理性を認める
    のは困難である。
     よって本件規制手段はより制限的でない選びうるsy段が他に無いとい
    いうる規制であるとは到底言うことができず、前述のLRAの基準を満たす
    ものとは言えない。
  3  以上より本件法律は21条1項に反し違憲である。
                                      以上

再現 刑法1問目
昨日は年齢層の高い飲み会に行ってきました。
久しぶりに女の人と話したのでそこそこ楽しかったりしました。
口述のことも一時的忘れることができてよかったです。

話し変わりまして、来年の受験を考えるとやはり恐いのは択一であります。
択一は人数減少と択一慣れの人口増加からすると、油断は到底できません。
やはりコンスタントに50は取りたいところです。
そういうことで明日あたりから択一過去問でも解こうかと考えています。とりあえず民法から。


で、また話変わりまして
今年の論文ですが、商法1問目以外は本当に自信の無いものばかりなのです。
ていうか、こんなので合格なのか?
やはり論文って運だけじゃん!!っていうように思わせてしまうものばかりなのです。
そんな中で比較的マトモ?かなと思うところで、刑法1問目を投下してみたいと思います。
この問題は、現場で誰もが本試験ムズっ!って思った問題でしょう。
僕の脳みそには、間接正犯しか思い浮かびませんでした。
共犯の錯誤とかそんな言葉はありませんでした。
人が何人間に入ろうとも、全ての因果の流れを支配しているなら間接正犯は成立しうるだろ!くらいな気持ちで特攻しました。

結構独特答案かと思いますが、たたき台としてどうぞ。

刑法1問目


一   乙の罪責
1 乙はAからのXの特異体質の検査の指示に対して、虚偽の事実を告げAにXに対する投薬を行わせることによってXを傷害し、もって死亡させていることから、傷害致死罪(205条)の罪責を負う可能性がある。
 この点、「特異体質あるものに対して副作用を生じる治療薬を与える行為」は人の生理機能を害する具体的現実的危険を有するものと言え傷害の実行行為にあたる。
 もっともかかる行為を直接行ったのはAである。そこで、第三者の行為を利用して犯罪が実現された場合、かかる利用者をいわゆる間接正犯として処罰できるであろうか。
 ここで実行行為は道具などの助けを借りてなされることが少なくない。
とすれば第三者の行為を利用する場合であっても、利用者において第三者の行為に対して行為支配性が認められるならば被利用者の行為を利用者の行為と同視することができるというべきである。
よって行為支配性が認められるならば利用者を間接正犯として処罰しうるものと解する。
2(ア)本件ではAには「自らXの特異体質の有無を調査するべき注意義務」があることからすれば、必ずしも乙が虚偽の事実を告げたことをもってAによる投薬が行われたとは言えないものとも考えられる。
しかし本件では「日ごろから」「乙に患者の検査等をすべて任せて」おり、かつ、乙の「報告を信用して」投薬していたという事情が存在する。
このことからすれば今回に限ってAが自ら検査を行うといことは、むしろ考えがたく、そのまま乙の報告を信用した上で投薬を行うことが通常であると容易に予測がつく。
よって乙の報告によってAが投薬する行為をなすものということができ、乙にAに対する行為支配性を肯定できるものと言える。
以上より、乙の虚偽の報告によってAに投薬させた行為は傷害の実行行為に該当する。
(イ)ではかかる行為と死亡の結果について因果関係を認めることはできるか。
この点構成要件は社会通念上処罰すべき行為を類型化したものである。とすれば構成要件要素たる因果関係の有無についても社会通念を基礎に判断するのが妥当である。
そしてかかる判断の基礎事情には構成要件が違法責任類型であることに鑑み、一般人において認識しえた事情、及び行為者が特に認識していた事情を取り入れるものと考える。
 本件では「特異体質を持つ者」に対して「聴力を失う」ほどの傷害を生じる副作用を生じる薬を与えている。
 かかる事情を基礎にすれば一般人において人の死の結果が生じることも十分にありうるものと判断することができる。
よって因果関係を認めることができる。
(ウ) では故意責任(38条1項)を認めることはできるか。
 この点、乙は傷害結果しか認識しておらず、Xの死亡結果について認識に欠ける。
しかし、傷害行為においては人の死亡を惹起する高度の危険を内包していることからすれば法は思い結果について当然の予見義務を行為者に課しているものと考えられる。
よって死亡の結果についても「傷害」に対する認識があれば帰責できるものと解される。
従って乙においても故意を認めることができる。
3 以上より乙には傷害致死罪が成立する。
二   甲の罪責
1 甲はAに対して指示を与えさらに乙に対してもXの死の危険を秘した上で虚偽の事実を告げ、結果としてAによって投薬をなさしめXを死亡させていることから殺人罪(199条)の間接正犯となる可能性がある。
 この点、特異体質を有するものに対して副作用によって死の危険がある薬を与える行為には殺人罪の実行行為性を認めることができる。
2 そこで甲のA及び乙に対する行為支配性の有無について検討する。
まず乙については傷害結果が生じることについて認識しており、反対動機形成の機会が存在する以上、行為支配性は否定されるとも思える。しかし、乙においては死亡結果について認識しておらず、殺人事実については認識が無い。とすると、かかる殺人の範囲では反対動機の形成は不可能であり、殺人結果については行為支配性を肯定できるものと言いうる。
 一方で、Aにおいては前述のように独立の注意義務があるものの日常的に乙を信用して漫然と投薬を行っていること、および甲、Aは上役と部下の関係にあることからしても甲の指示によってAが投薬することについて十分な行為支配性を肯定できるものといえる。
よって前述の行為は甲の行為と同視できる。
3 そして甲においては因果関係、故意に欠けることもない以上、殺人罪の罪責を負う。
三     甲、乙の関係
甲、乙はXにたいして意思を通じた上で犯罪行為を行っている。
この点、共同正犯(60条)の処罰根拠は心理的物理的に相互に利用補充しあうことによって法益侵害の危険を倍化する点にある。
 ここで刑法は構成要件を前提としている以上、「共同」とは特定の構成要件を前提とすることが原則と解するべきである。
もっとも、異なる構成要件間においても保護法益、行為態様の上で構成要件的重なり合いが認められる場合においては、かかる重なり合いの範囲において相互の利用補充関係を認めることが可能である。
よってかかる重なり合いの限度では共同正犯が成立しうる。
 本件では傷害致死罪の範囲で重なり合いが認められる。
よって乙は傷害致死罪の共同正犯、甲は傷害致死罪の共同正犯、殺人罪の単独正犯となり両罪は観念的競合(54条1項前段)となる。